100周年記念企画 建材の歴史

建材の歴史

建築とは文化        title.jpg

100年前の日本の住宅は職業と生活が一致する「職業一致」が一般的でした。江戸時代ではタバコを干すのに適した低い茅葺屋根でしたが、明治・大正時代に養蚕が盛んになると、蚕を育てるのにより広い空間が必要となり2階茅葺の大屋根住宅が建てられるようになりました。
昔は、施主が地元との棟梁や職人と密接な関係を保ちながら、その地域特有の風土や生活の必然性を元に独自の建築技術、建築を含めた地域特有の文化が生まれました。

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地産地消

100年前の「家づくり」は、施主が地元の棟梁に家づくりを依頼。棟梁は家庭の事情等の話を聞き、どんな家を建てたらよいか的確なアドバイスができたようです。棟梁は仕事の依頼を受けると棟梁みずから近くの山に入り、木を選び、キコリが伐採をし、建材を地元で調達していました。伐採した木材は、経年変化で曲がりねじれが生じすぐに使えない為と、強度が増し腐りにくくするために、1年~3年木材により変動しますが、じっくり乾燥させます。
大正時代は、大黒柱には「欅」、土台には水に強い「栗」、梁には強度に高い「松」、柱には「檜」や「松」を使用。「檜」や「杉」など扱いやすい針葉樹は高級材で広葉樹が多く使われていました。そのため今の家のように設計図に基づいて建材の種類や大きさを決めるのではなく、地元で集めた建材に合わせて家づくりが考えられていました。土壁に使用する建材も、地元の山や川、土から採取しました。こうした建材の準備だけで約3年かかったようです

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屋根建材1つとっても昔は瓦と草(茅葺)しかありませんでしたが、現代では粘土瓦/セメント・コンクリート瓦/化粧スレート/天然スレート/トタン/ガルバリウム鋼板/銅板/アスファルトシングルなど8種類あります。建材が豊かになり、建築も向上したと思いますが、一方でインターネットなどで得られる情報量(建材)の多さに整理がつかなくなり、施主様が困っているようにも感じられます。
当社では、100年の歴史の中で、的確にアドバイスができた先代を見習い、現代に置き換え、お客様に寄り添い、プロとしての豊富な知識で的確な建材選びのアドバイスができる会社であり続けたいとおもっております。